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仙台高等裁判所秋田支部 昭和37年(ネ)86号 判決 1964年3月25日

控訴人(原告) 掛札久右衛門

被控訴人(被告) 秋田県知事

主文

原判決中控訴人の売渡処分無効確認請求を棄却した部分を取り消す。

控訴人の売渡処分無効確認を求める訴を却下する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が秋田県雄勝郡雄勝町院内字柳原一番の四田二畝二五歩につき昭和二三年七月三日付でなした買収処分および同年七月二一日付でなした売渡処分は無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、被控訴代理人において、右字柳原一番の四田二畝二五歩の買収処分が有効である以上、控訴人は同土地の所有者ではなく、同土地の売渡につき利害関係を有する者ではないから、その売渡処分の無効確認を求める利益がないと述べ(証拠省略)たほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

控訴人の買収処分無効確認の請求は失当として棄却すべく、その理由は、原判決五枚目表三行目から同五行目までのうち「証人柴田雄太郎、同高橋貞助、同井口清二郎、同金子八郎の各証言および検証の結果」を「成立に争いのない甲第六号証、原審における控訴人本人尋問の結果によつて成立を認めうる甲第七号証の一、二、原審証人柴田雄太郎、同高橋貞助の各証言、原審証人井口清二郎、同金子八郎、当審証人浮田広治の各証言の一部ならびに原審および当審における検証の結果」に改め、同葉裏一行目のうち「買収したこと」の下に「、京野信男は昭和二四年七、八月右買収に係る字柳原一番の四田二畝二五歩に平家建一二坪のバラツクを建築したが、その約二年後にこれを取り壊し、右土地全部を再び農地に復したこと」を加え、同二、三行目のうち「証人浮田広治の証言及び原告本人尋問の結果」を「原審証人井口清二郎、同金子八郎、原審および当審証人浮田広治の各証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果」に改め、同一〇行目のうち「前項の認定事実」の下に「、当審証人浮田広治の証言」を加えるほか、この点に関する原判決理由記載と同一であるから、これを引用する。

さらに、控訴人は、本件売渡処分が不適格者に対してなされたことを理由に同処分は無効であると主張するけれども、本件買収処分が無効であるとの控訴人の主張はすべて理由のないものであること右説示のとおりで、同処分は有効であると認むべきであるから、仮に本件売渡処分が無効であるとしても、本件字柳原一番の四田二畝二五歩の所有権は京野信男に移転せず、いぜん国の所有に属する結果となるにすぎず、右売渡処分が無効であるかどうかは被買収者たる控訴人の法律上の地位になんらの影響を与えるものではないから、控訴人は本件売渡処分の無効確認を求める利益を有しないものといわねばならない。したがつて、控訴人の本件売渡処分の無効確認を求める訴は不適法として却下を免れない。

よつて、原判決中以上認定と異なる部分は取消を免れず、その余の部分は相当であるから同部分に対する控訴は棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野沢龍雄 佐竹新也 篠原幾馬)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が秋田県雄勝郡院内町字柳原一番の四田二畝二五歩につき昭和二三年七月二日付でなした買収処分及び同年七月二一日付でなした売渡処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一、秋田県雄勝郡院内町字柳原一番畑四畝一〇歩(以下これを本件土地と略称する)はもと原告の所有であつたが、院内町農地委員会は昭和二三年六月二二日右土地のうち二畝二五歩につき、自作農創設特別措置法(以下これを自創法と略称する)第三条に該当する農地として買収計画を樹立し、次いで被告は同年七月二日付で右二畝二五歩を字柳原一番の四田二畝二五歩として買収する旨の買収令書を昭和二四年五月一八日原告に交付して買収した。そして、被告は同町農地委員会の樹立した売渡計画に基き右土地を昭和二三年七月二一日付で訴外京野信男に売渡す旨の売渡通知書を同人に交付した。

二、ところで原告はこれよりさき昭和二二年五月二日本件土地を訴外浮田広治に対し建物所有の目的で賃貸し、同人は右土地上に住宅を建築し、右土地を宅地として使用していた。もつとも右浮田広治が建物所有のために使用していたのは本件土地の一部であり、その余の部分は荒地であつたが、これを全体としてみれば一個の宅地とみるべき状況にあつた。従つて本件土地は自創法第三条による買収の対象とはならないものであるにも拘らず、被告はそのうち二畝二五歩を右規定により農地として買収したのであるから右買収処分は無効である。

三、被告は前記のように本件土地のうち二畝二五歩を字柳原一番の四田二畝二五歩として買収したが、その当時字柳原一番の四なる官有地が本件土地のほかに存在していたので、被告が買収したのは本件土地の一部であるのか或は右官有地であるのかがあきらかでない。のみならず、被告は一筆の土地の一部を買収したにも拘らず前記買収令書に図面の添付をせず、その他買収に際して被買収地を特定するための特段の措置をしなかつたので、被告が買収した二畝二五歩は全く不特定である。従つてこの点よりみても右土地に対する被告の買収処分は無効である。

四、訴外京野信男は昭和二三年七月二日前記字柳原一番の四田二畝二五歩につき買収の申請をし、前述のように同年七月二一日その売渡を受けたが、右買収の申請をした際同人は右土地の耕作者ではなかつたばかりでなく、未だ未成年であり、且つ三反歩以上の耕作地を有せず、右土地の所在する院内町に住所も寄留地も有しなかつたので、右土地の売渡を受ける適格を有しなかつたものである。従つて被告が右京野信男に対してなした前記売渡処分は無効である。

と述べた。

(証拠省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求の原因第一項の事実はすべて認める。

二、同第二項の事実は否認する。被告は本件土地のうち従前から田として利用されていた部分を特定し、これを自創法第三条によつて買収したのであるから、右買収処分には原告主張の如き違法はない。

三、同第三項の主張は争う。自創法による買収及び売渡しは同法第六条第五項第二号によつてあきらかな如く、土地台帳の記載に基いて行われるべきところ、秋田地方法務局横堀出張所備付の土地台帳には「字柳原一番の四田二畝二五歩所有者掛札久右衛門」との記載があり、被告は右記載に基きその買収処分をしたのであるから、右処分は何等違法ではない。そして、同法務局出張所備付の登記簿には「字柳原一番の四鉄道敷地二歩所有者逓信省」との登記があるが、右土地については国有地であるため土地台帳には登載がないのであり且つ鉄道敷地について農地買収がなされる筈がないことは公知の事実であるから、買収令書記載の字柳原一番の四田二畝二五歩が右鉄道敷地を指すのではなく、土地台帳記載の前記原告所有地を指すことは明白である。殊に買収令書は不在地主であつた原告に宛てられ、且つそれには自創法第三条第一項第一号による買収と明記してあつたので、原告は直ちにその記載の土地を浮田広治に賃貸した土地の隣地であると了解して本訴を提起したのであつて、このことをみても右買収令書の記載をもつて買収の対象たる土地を特定するに充分であつたというべきである。なお、被買収地ははじめ院内町農地委員会の申請により土地台帳上柳原一番の四として分筆されたが、後にこれを登記するに当り同じ地番の前記鉄道敷地が存在することが発見されたので、右被買収地は字柳原一番の二〇と訂正され、その売渡登記がなされたのである。従つて被買収地の買収及び売渡の登記手続にも違法はない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、本件土地がもと原告の所有であり、そのうち二畝二五歩につき昭和二三年六月二二日院内町農地委員会が自創法第三条に該当する農地として買収計画を樹立し、次いで被告が同年七月二日付で右二畝二五歩を字柳原一番の四田二畝二五歩として買収する旨の買収令書を昭和二四年五月一八日原告に交付したこと、被告が院内町農地委員会の樹立した売渡計画に基き同二三年七月二一日付で右土地を訴外京野信男に売渡す旨の売渡通知書を同人に交付したことは当事者間に争がない。

二、原告は右買収当時本件土地は宅地であつたから、これを農地として買収したのは違法であると主張するので按ずるに、証人柴田雄太郎、同高橋貞助、同井口清二郎、同金子八郎の各証言及び検証の結果を綜合すれば、原告はかねて本件土地を訴外高橋貞助に賃貸し、同人がこれを耕作していたところ、同人は昭和一六年頃本件土地のうち南側の部分四五坪を訴外浮田広治に、その余の二畝二五歩を訴外京野信男にそれぞれ転貸したこと、右浮田広治は右賃借した土地に住宅を建設し、右土地を宅地として使用していたが、右京野信男は当時未成年であつたのでその母の助力を得て右賃借した土地を耕作し、これを農地として利用していたこと、院内町農地委員会は右京野信男が賃借した部分二畝二五歩を農地と認定し、右部分につき前述のように買収計画を樹立し、次いで、被告がこれを字柳原一番の四田二畝二五歩として買収したことがそれぞれ認められる。証人浮田広治の証言及び原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信し難い。従つて、被告が買収した字柳原一番の四二畝二五歩は買収当時農地であつたことがあきらかであるから原告の右主張は理由がない。

三、次に、原告は被告の買収処分はその対象が不特定であると主張するのでこの点について判断する。

本件土地のうち浮田広治が賃借した部分四五坪と京野信男が賃借した部分二畝二五歩とが右買収当時現地において明らかに区劃されていたことは前項の認定事実及び検証の結果により推認することができ、しかも成立に争のない甲第一三号証の二並びに前掲各証言によれば、院内町農地委員会は本件土地のうち前記のように京野信男が賃借した部分二畝二五歩を昭和二二年一二月一一日土地台帳上字柳原一番の四として分筆し、さらに同年一二月二五日その地目を田に変換したうえ前述のようにこれに対する買収計画を樹立したことがあきらかである。そして、右分筆がなされる以前から本件土地のほかに字柳原一番の四鉄道敷地二歩なる官有地が存在したことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証、同第三号証の一及び証人柴田雄太郎の証言によれば、右分筆に際し担当官が右官有地の存在に気付かず、誤つて京野信男が賃借した部分二畝二五歩を字柳原一番の四と定めたため、公簿上字柳原一番の四なる土地が二筆存在することゝなつたが、右官有地の面積がわずか二歩であることと、鉄道敷地が農地買収の対象とされることがあり得ないことは常識上明白であることを考えれば、買収令書において字柳原一番の四田二畝二五歩と表示された土地が単に地番の同一の故をもつて直ちに右官有地を指すものとの誤解を生ずるおそれがあるとは到底考えられず、むしろ前掲土地台帳の記載に徴すればそれが本件土地から分筆された原告所有の二畝二五歩を指したものであることは明白である。しかして、成立に争のない甲第一三号証の一及び原告本人尋問の結果によれば、被告は本件土地のうち二畝二五歩を買収するにつき、その買収令書には被買収地の表示として字柳原一番の四田二畝二五歩と記載したのみで、その他には図面を添付する等被買収地を特定するための特段の措置はしなかつたことがあきらかであるけれども、前述の諸事情を綜合すれば、右買収令書の表示をもつて被買収地を特定するに充分であつたというべきであるから、原告の右主張は失当である。

四、次に原告は京野信男は前記買収にかかる土地の売渡を受ける適格を有しなかつたから同人に対する売渡処分は無効であると主張するが、自創法第一六条によれば買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農はその売渡を受ける適格を有するのであるところ、同人が右二畝二五歩を賃借しその母の助力によつて右土地を耕作していたことは前記認定のとおりであり、しかして仮に原告主張のように同人が未成年者で、その耕作地の面積が三反歩以下であり、且つ当時院内町に住居を有しなかつたとしても、それらの事実は右売渡を受ける適格の有無に当然には影響を及ぼすものではないから、京野信男が右土地の売渡を受ける適格を有しなかつたということはできない。従つて原告の右主張も失当である。

そうすると、被告が字柳原一番の四田二畝二五歩につき昭和二三年七月二日付でなした買収処分及び同年七月二一日付でなした売渡処分はいずれも無効であるということはできないから、原告の本訴請求は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(昭和三七年五月一四日秋田地方裁判所判決)

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